〜立ちはだかる難関科目〜

「日本の大学は入るのが難しいが出るのは簡単」
「海外の大学は入るのは簡単だが出るのは難しい」
というのが、最近、一般的な通念になりつつあるように思います。
しかし「本当にそうなのか?」
今回は、自身の経験から、ポーランドの大学で、その厳しさを知った日のことを語りたいと思います。
初めての期末テスト
大学生になって初めての期末テスト。
その最後の問題を解き終えて、僕は清々しい気分でした。
テストの科目は「Fundamentals of Law and Government」この科目のテストは毎回難しかったのもあって、少し張り切って勉強をして挑みました。
この科目の教科書は
「The Oxford Handbook of Comparative Constitutional Law」
という内容だけでも1200ページあるものです。このハンドブックは、正直、学部生向けのものではありません。大学院や研究者が読むような専門的な内容です。
それを学部生に読ませるのは、所謂「振るい落とし用」・・・だったりしたのかもしれません。
実際、全部読まなければいけなかったわけではありませんが、結構な範囲を授業ごとに課題で読みこなしました。
ですから、知識としてもちゃんと学んだというある程度の自信がありました。

テストはオープン形式で、質問に対する小論文のようなものを時間内に書いて提出するものです。解答用の紙はA3の白紙で、何枚でももらうことができました。
正直、この時、僕はこの形式のテストを舐めていました。問題の概要だけを議論して書けばいいだろう(少なくとも合格にはなるだろう間違っていないのだから!)という気持ちでいました。
テストが終わって、解答用紙を前に集める時に、後ろから渡された答案用紙に小さな文字でみっちり解答が書き尽くされてるのを見て、「これは不合格だな・・・」となんとなく悟りました。テストの結果は数日後に発表されます。大学のアプリが通知を鳴らしてくれるのです。
結果発表・・・不合格!!!
追試決定です。それから舐めていた自分を改め、ちゃんと勉強しようと心に決めました。
涙目で挑んだ追試
他の教科を順調に突破していく中(紆余曲折あれど)、この教科だけは大敵でした。追試の勉強に真剣に取り組み、80ページのノートにまとめました。
質問は8問の中から自分の自信のある4つを選んで書いて良いという追試用の緩和措置が取られました。
選んだ質問の中には:「大陸法における司法の法解釈や、政治的リベラリズムを論ぜよ」などが含まれていたと記憶しておりますが・・・。少なくとも、最初の2倍から3倍の分量を書いたと思います。
追試が終わって、清々しい気分でした。やり切ったと自信を持って言えたのです。
その時、僕はプラハにいた
テストが終わって自分へのご褒美にプラハへの旅行を計画しました。
『海外旅行にパスポートを忘れてしまった話』にあたります。
https://study-poland.blog/blog/2024/06/6859/
もしかすれば、旅行にパスポートを忘れてしまったのはテスト勉強の反動なのかもしれません。

追試の結果
追試の結果を受け取ったのは、ちょうどプラハでチェックインの為にホテルに向かって歩いている時でした。信号待ちのタイミングで通知が来たので思わず見てしまったのです。
結果:『不合格』
あまりの動揺に赤信号で歩き出してしまい、車のクラクションで目が覚めました。。。
危うく轢かれるところだった・・・。
実は、僕のプラハ旅行は、こんな絶望的な精神状態から始まっていたのです。
どう乗り越えたのか?
二度のテストに失敗した僕は、プラハから帰るバスの中で教授にアポイントを取るメールを送り、直接テストの結果を話すこととなりました。
結論から言えば、僕は合格点まであと1点でした。
「なぜ僕は不合格になったのですか?」と話すと
「分量が少なすぎるんだよ・・・それに議論も浅すぎる」と返ってきました。
どうやら、求められていたことは僕が想像していたことよりも深かったのです。
しかし、ノートを見せ「僕はこれだけ勉強しました。どこまで議論すればよかったのか教えてください」と言うと。
僕のノートを見て、教授は『授業後に君がよく質問に来ていたのを覚えてるよ。君がここまで深く理解しようと努力していたことは分かった。テストの答案には表現しきれていなかったが、このノートはその知識の証明になる。』と言い、合格に必要な最後の1点を認めてくれたのです。
教訓
人生は時に「うまく行く方法よりも困難をどう乗り越えるか?」ということが重要になる事があります。それは失敗を乗り越えることによってにしか得られない学びがあるからです。
今回の失敗の教訓として自信を持って言えることは、時には100点を目指していては足りないということです。
100点を目指し、間違ったことを議論しないように、確かなことだけを浅く答える人間は150点を目指している人に勝てないのです。
結果的にこの教科は同級生の半数以上が落単し、大学を去る大きな要因となったのでした。
最終学年の二回目の再履修で単位を取得した友人曰く、最後の最後まで、30人は同期がいたそうです。
きっと、海外の大学で生き残るには150点を目指すしかないんだろうな・・・。



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