ヴェネツィアの物乞い

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イタリアはポーランドとは異なり、1年中日の光が差し込む穏やかな気候です。それだけに、昔から移民の多い土地柄で、「移民には寛容」と言われてきた国でした。北のポーランドとは異なり、冬に路上で生活しても凍え死ぬことはありません。穏やかな地中海はボートで渡ることもできてしまうため、今でも移民問題に頭を悩ませています。

今回は、私がヴェネツィアで物乞いに出会った時のお話をさせていただきます。

ヴェネツィアの路上生活者

1000年続いた海洋国家・ヴェネツィア共和国は、金持ち商人が運営する都市国家でした。裕福な国でも、ルネサンスの時代には物乞いが存在していたそうです。乞食には2種類いて、1つは貧困層、もう1つは元富裕層だった貴族などが没落して乞食となった人たちです。後者は「恥じいる哀れな人」と呼ばれていたそうです(塩野七海『海の都の物語』)。

現代のヴェネツィアには富裕層の旅行者が多く、私たちが旅行する少し前には、アマゾン創業者ジェフ・ベゾスが80億円をかけてヴェネツィアを借り切り、結婚式を挙げていました。そんな環境だからか、ヴェネツィア周辺には比較的路上生活者は少ないように思います。

物乞いとの遭遇

公園のベンチで息子と2人、サンドイッチを食べながら話をしていたときのことです。見るからに観光客ではない風貌の女性が誰かと話していたのですが、話し終えると私たちのところにやってきて話しかけてきました。近くまで来ると、物乞いだと分かりました。

女性は自分の身の上話をし、最後に「2€だけください」と小さく言いました。息子は毅然とした態度で「No」と繰り返していました。今度は女性が私に向かって「Please」と懇願しました。女性は泣きそうな顔をしていたので、私は目が離せませんでした。

耐えきれず小銭を渡したのですが、立ち去り際に何か強い口調で暴言を吐かれた気がして、ハッとしました。少しの沈黙のあと、息子が「お母さん、迷いがあったね」と話しました。

「だって、女の人が不憫に思えて。それに、なぜ若い女の人があんなことを…私がその立場だったらって考えちゃって」

息子は「でも、あれはお母さんじゃない…」と言ってくれました。「僕も最初はショックだったよ。子供連れの女の人の物乞いにも会ったことがある。イタリアが嫌になる一面は、そういうところだよね」とも話してくれました。

今回のケースは、本当にお金に困っていたのかもしれませんが、イタリアの物乞いには劇場型のビジネスになっているものもあり、子供を借りてきて親子を演じ、子供にお金をせがませるようなものもあるようです。

イタリアだけでなく、パリのようなフランスの大都市でも物乞いは見かけます。この点、ポーランドには物乞いを殆ど見かけないので、ホッとします。やはり、長期で滞在するのであれば、ポーランドが良いです。